Frauchiger-Rennerパラドックスについて

April 16, 2026, 2:14 p.m. edited May 6, 2026, 2:10 p.m.

#量子情報  #量子力学 

$$ \def\bra#1{\mathinner{\left\langle{#1}\right|}} \def\ket#1{\mathinner{\left|{#1}\right\rangle}} \def\braket#1#2{\mathinner{\left\langle{#1}\middle|#2\right\rangle}} $$

最近いろいろあって Frauchiger-Rennerパラドックスを知ったので、見ていく。論文はこれ: [Frauchiger and Renner, Nat. Commun., 2018]

聞いた概要としては、4人の人間を巻き込むとある実験をおこなうと、量子力学の複数の解釈に矛盾が発生してしまうというものらしい。どういうことなのか本稿で見ていく。

なお、現時点では思考実験であることははじめに記載しておく。だが、基本的な量子力学の原理に沿って記述できるものである。

そして、重要なことは、あくまで私の立場で評価していく。つまり、私は実はコペンハーゲン解釈派なんだぁというのを実感していくものになっている。というか、あなたは何派?みたいな占い記事にも思えてきた、コレ。

$$ \def\heads{\mathrm{heads}} \def\tails{\mathrm{tails}} \def\mF{-\frac{1}{2}} \def\pF{+\frac{1}{2}} \def\bok{\overline{\mathrm{ok}}} \def\bfail{\overline{\mathrm{fail}}} \def\ok{\mathrm{ok}} \def\fail{\mathrm{fail}} $$

実験内容

  1. 登場人物は \(\bar{F}\), \(F\), \(\bar{W}\), \(W\) の4人。
  2. \(\bar{F}\) はラボ \(\bar{L}\) のなかにおり、時刻 \(n\colon 00\)〜\(10\) の間に量子コイン \(r\) を測定する。量子コイン \(r\) の初期状態は \(\sqrt{\frac{1}{3}}\ket{\mathrm{heads}}+\sqrt{\frac{2}{3}}\ket{\mathrm{tails}}\) である。そして \(\mathrm{heads}\) が得られたら \(\ket{\downarrow}\) を、 \(\mathrm{tails}\) が得られたら \(\ket{\to}:=\frac{1}{\sqrt{2}}(\ket{\downarrow}+\ket{\uparrow})\) をスピン粒子 \(S\) にセットして、 \(F\) へ送る。
  3. \(F\) はラボ \(L\) のなかにおり、送られてきたスピン粒子 \(S\) を時刻 \(n\colon 10\)〜\(20\) の間に測定する。
  4. \(\bar{W}\) は外におり、時刻 \(n\colon 20\)〜\(30\) の間にラボ \(\bar{L}\) 全体を測定する。
  5. \(W\) は外におり、時刻 \(n\colon 30\)〜\(40\) の間にラボ \(L\) 全体を測定する。

その様子を描くと以下の図のようになる。


論文 Fig. 2 から引用)

なお、実験自体は \(\bar{W}\) が \(\overline{\mathrm{ok}}\) (定義は後述) および \(W\) が \(\mathrm{ok}\) (この定義も後述) を同時に得た場合に終了し、そうでなければまた繰り返す設定になっている。が、それ自体はあまり重要ではない。

状態を追う

それぞれの人物が得る状態を見ていく。

\(\bar{F}\) の得る状態

\(\bar{F}\) は量子コイン \(r\) (\(\sqrt{\frac{1}{3}}\ket{\mathrm{heads}}+\sqrt{\frac{2}{3}}\ket{\mathrm{tails}}\)) を投げるだけなので、確率 \(\frac{1}{3}\) で \(\mathrm{heads}\) (表)、確率 \(\frac{2}{3}\) で \(\mathrm{tails}\) (裏) を得るだけ。

\(F\) の得る状態

\(\bar{F}\) が量子コイン \(r\) の測定で何を得るかによって送られてくるスピン粒子 \(S\) の状態が変わるので、それに伴い得られる状態も変わりうる。\(r\) が \(\mathrm{heads}\) ならばスピン粒子 \(S\) は \(\ket{\uparrow}\) なので、確率 \(1\) で \(\downarrow\) が得られる。一方、 \(r\) が \(\mathrm{tails}\) ならばスピン粒子 \(S\) は \(\ket{\to}\) なので、確率 \(\frac{1}{2}\) で \(\uparrow\)、確率 \(\frac{1}{2}\) で \(\downarrow\) が得られる。

\(\bar{W}\) の得る状態

\(\bar{W}\) に着目する前に、まずラボ \(\bar{L}\), \(L\) 全体系の状態を追う。

\(\bar{F}\) が \(r\) を測定して \(\mathrm{heads}\) を得たという \(\bar{F}\) 自体を含めたラボ \(\bar{L}\) 全体の状態を \(\ket{h}\)、 \(\mathrm{tails}\) なら \(\ket{t}\) とする。すると、 \(F\) がスピン粒子 \(S\) を測定する直前の状態は

$$\sqrt{\frac{1}{3}}\ket{h}\otimes \ket{\downarrow} + \sqrt{\frac{2}{3}}\ket{t}\otimes \ket{\to}$$

と表される。このあとに \(F\) がスピン粒子 \(S\) を測定して \(\downarrow\) を得たという \(F\) 自体を含めたラボ \(L\) 全体の状態を \(\ket{-\frac{1}{2}}\)、 \(\uparrow\) なら \(\ket{+\frac{1}{2}}\) とする。すると、 \(F\) がスピン粒子を測定したあとの状態は

$$ \begin{align} &\sqrt{\frac{1}{3}}\ket{h}\otimes \ket{-\frac{1}{2}} + \sqrt{\frac{2}{3}}\ket{t}\otimes \frac{1}{\sqrt{2}}\left(\ket{-\frac{1}{2}}+\ket{+\frac{1}{2}}\right) \\ =&\sqrt{\frac{1}{3}}\ket{h}\otimes \ket{-\frac{1}{2}} + \sqrt{\frac{1}{3}}\ket{t}\otimes \ket{-\frac{1}{2}} + \sqrt{\frac{1}{3}}\ket{t}\otimes \ket{+\frac{1}{2}} \tag{1} \end{align} $$

と3つの状態が等しい振幅で存在する状態となる。

さて、 \(\bar{W}\) はラボ \(\bar{L}\) を測定するが、その際の測定基底として

$$ \begin{align} \ket{\overline{\mathrm{ok}}}&=\frac{1}{\sqrt{2}}(\ket{h}+\ket{t}) \\ \ket{\overline{\mathrm{fail}}}&=\frac{1}{\sqrt{2}}(\ket{h}-\ket{t}) \end{align} $$

を用いる。逆に解いた

$$ \begin{align} \ket{h}&=\frac{1}{\sqrt{2}}(\ket{\overline{\mathrm{ok}}}+\ket{\overline{\mathrm{fail}}}) \\ \ket{t}&=\frac{1}{\sqrt{2}}(-\ket{\overline{\mathrm{ok}}}+\ket{\overline{\mathrm{fail}}}) \end{align} $$

を式(1)に代入すると

$$ \begin{align} &\sqrt{\frac{2}{3}}\ket{\overline{\mathrm{fail}}}\otimes\ket{-\frac{1}{2}} + \sqrt{\frac{1}{6}}(-\ket{\overline{\mathrm{ok}}}+\ket{\overline{\mathrm{fail}}})\otimes\ket{+\frac{1}{2}} \\ =&-\sqrt{\frac{1}{6}}\ket{\overline{\mathrm{ok}}}\otimes\ket{+\frac{1}{2}} + \ket{\overline{\mathrm{fail}}}\otimes \left(\sqrt{\frac{2}{3}}\ket{-\frac{1}{2}}+\sqrt{\frac{1}{6}}\ket{+\frac{1}{2}}\right) \end{align} $$

これを \(\bar{W}\) が測定すると \(\frac{1}{6}\) の確率で \(\overline{\mathrm{ok}}\)、 \(\frac{5}{6}\) の確率で \(\overline{\mathrm{fail}}\) が得られる。このとき、ラボ \(L\) の状態はボルン則により、前者なら

$$\ket{+\frac{1}{2}} \tag{2}$$

後者なら

$$ \begin{align} &\sqrt{\frac{6}{5}}\left(\sqrt{\frac{2}{3}}\ket{-\frac{1}{2}}+\sqrt{\frac{1}{6}}\ket{+\frac{1}{2}}\right) \\ =&\frac{2}{\sqrt{5}}\ket{-\frac{1}{2}}+\frac{1}{\sqrt{5}}\ket{+\frac{1}{2}} \tag{3} \end{align} $$

となる。

\(W\) の得る状態

\(W\) はラボ \(L\) を測定する。その際の測定基底としては

$$ \begin{align} \ket{\mathrm{ok}}=\frac{1}{\sqrt{2}}\left(\ket{-\frac{1}{2}}-\ket{+\frac{1}{2}}\right) \\ \ket{\mathrm{fail}}=\frac{1}{\sqrt{2}}\left(\ket{-\frac{1}{2}}+\ket{+\frac{1}{2}}\right) \end{align} $$

を用いる。先ほどと同じく逆に解いた

$$ \begin{align} \ket{-\frac{1}{2}}&=\frac{1}{\sqrt{2}}(\ket{\mathrm{ok}}+\ket{\mathrm{fail}}) \\ \ket{+\frac{1}{2}}&=\frac{1}{\sqrt{2}}(-\ket{\mathrm{ok}}+\ket{\mathrm{fail}}) \end{align} $$

を式(2)に代入すると

$$\frac{1}{\sqrt{2}}(-\ket{\mathrm{ok}}+\ket{\mathrm{fail}})$$

が得られる。つまり、 \(\bar{W}\) が \(\overline{\mathrm{ok}}\) を測定した場合、 \(W\) は \(\frac{1}{2}\) の確率で \(\mathrm{ok}\)、 \(\frac{1}{2}\) の確率で \(\mathrm{fail}\) を測定する。一方、式(3)に代入すると

$$\frac{1}{\sqrt{10}}\ket{\mathrm{ok}}+\frac{3}{\sqrt{10}}\ket{\mathrm{fail}}$$

が得られる。つまり、 \(\bar{W}\) が \(\overline{\mathrm{fail}}\) を測定した場合、 \(W\) は \(\frac{1}{10}\) の確率で \(\mathrm{ok}\)、 \(\frac{9}{10}\) の確率で \(\mathrm{fail}\) を測定する。

仮定

以下に自然に思える仮定を置く。これらは量子力学の解釈がそれぞれ採用していたりいなかったりするものである。なお、ここからは登場人物のことを論文に合わせてエージェントと呼ぶ。

(Q): 量子力学の利用
「あるエージェント \(A\) が、状態 \(\ket{\psi}\) の系 \(S\) に測定をしたときに確率 \(1\) で \(\xi\) が得られるならば、系 \(S\) の測定結果は必ず \(\xi\) になると確信できる。これは系 \(S\) がどれほど大きくても、そして内部に他のエージェントを含んでいようと適用できる。」

(C): エージェント間の推論の整合性
「エージェント \(A'\) が同じ理論を使って推論した結果 \(S\) の測定結果が必ず \(\xi\) になると確信している、ということをエージェント \(A\) が知っているなら、 \(A\) もまた \(S\) の測定結果は \(\xi\) だと確信できる。」

(S): 測定の結果は一つ
「エージェント \(A\) が \(S\) の測定結果は必ず \(\xi\) だと確信しているなら、\(S\) の測定結果は \(\xi\) ではないとは言えない。」

個人的には (C) が怪しい気がする。

それぞれのエージェントが推定すること

Table 3に、(Q), (C)を適用するならそれぞれのエージェントが何を確信できるかというのが羅列してある。(S)はないのか?という疑問があるが、代わりにFurther implied statementという列が与えられている。おそらく(S)は暗黙の了解のようなものなのだろう。

そのうち一番下の \(W\) の行にて、 \(\bok\) が得られているならば必ず \(\fail\) が得られるというものがあり、「状態を追う」の最後と明らかに矛盾しているが、なぜそれが導かれるのかを本節では見ていく。

\(\bar{F}\) が時刻 \(n\colon 01\) に \(r=\mathrm{tails}\) を観測したとき

\(\bar{F}\) は、時刻 \(n\colon 31\) に \(W\) が \(w=\mathrm{fail}\) を観測すると確信している by (Q)

理由: \(\bar{F}\) にとって式(1)はもはや

$$\ket{t}\otimes \left(\ket{-\frac{1}{2}}+\ket{+\frac{1}{2}}\right)$$

である。ここに \(\ket{\overline{\mathrm{ok}}}\), \(\ket{\overline{\mathrm{fail}}}\), \(\ket{\mathrm{ok}}\), \(\ket{\mathrm{fail}}\) を代入すると

$$\frac{1}{\sqrt{2}}(-\ket{\overline{\mathrm{ok}}}+\ket{\overline{\mathrm{fail}}})\otimes \ket{\mathrm{fail}}$$

となる。ゆえに、確かに \(W\) は \(\mathrm{fail}\) を観測すると \(\bar{F}\) は確信できるというわけだ。

\(F\) が時刻 \(n\colon 11\) に \(z=\pF\) を観測したとき

\(F\) は、時刻 \(n\colon 01\) に \(\bar{F}\) が \(r=\tails\) を観測すると確信している by (Q)

理由: \(F\) にとって式(1)はもはや

$$\ket{t}\otimes\ket{\pF} \tag{4}$$

であるため、 \(\bar{F}\) のラボは \(\ket{t}\) つまり、 \(\bar{F}\) は \(r=\tails\) を観測したと確信できる。

\(F\) は、 \(\bar{F}\) が、時刻 \(n\colon 31\) に \(W\) が \(w=\mathrm{fail}\) を観測すると知っている、ということを確信している by Further implied statement

理由: \(F\) が \(\pF\) を観測できるのは式(1)においてラボ \(\bar{L}\) が \(\ket{t}\) の場合のみである。つまり、 \(\bar{F}\) が時刻 \(n\colon 01\) に \(r=\mathrm{tails}\) を観測したときのことであるため、このように確信できるのである。

(式(1)が \(\ket{t}\otimes\ket{\pF}\) なら \(\ket{\ok}\) と \(\ket{\fail}\) の重ね合わせになるじゃないかとも思ったが、あくまで \(\bar{F}\) が確信しているか否かという話なので、これはおそらく大丈夫)

\(F\) は、時刻 \(n\colon 31\) に \(W\) が \(w=\fail\) を観測すると確信している by (C)

理由:一つ前の命題 (statement) から、 \(\bar{F}\) がそう確信しているので、(C)により \(F\) もそう確信できるわけだ。

……いや、おかしいよねえ!!!さっきの命題の最後の括弧内で私が書いたことだが、あくまでも \(F\) にとっては \(\ket{t}\otimes\ket{\pF}=\ket{t}\otimes(-\ket{\ok}+\ket{\fail})/\sqrt{2}\) なわけで、 \(w=\ok\) にもなりうる。やっぱり (C) はおかしいと思います。

もう個人的におかしいと思う命題が出てきてしまったので、その先の結果で最終的に \(\bok\) と \(\ok\) が共存しないはずというパラドックスについても既におかしいと思えてしまうので、Table 3を追うのはもう終わり。

解釈ごとの踏み絵

Table 4にそれぞれの量子力学解釈が(Q), (C), (S)のどれを捨てねばならないかが示されている。なんか多世界解釈がよくわからないことになっている((S)を捨てつつ(Q)と(C)は不明…?)が、まあ私はコペンハーゲン解釈派であり素直に(C)を捨てればよいだけなので何も問題はない。(逆に量子力学(Q)を捨てねばならない解釈たちはいったいどうなっているんだ……??)

まって、QBismを私よくわかってない!

終わりに

ここまでをClaudeくんとも総括したところ

「たとえ相手の情報を知っていても、相手の結論は引き継げない」

推論という行為自体がエージェントに相対的であるという、かなり強い主張

という言葉をいただいた。なるほどなぁ。

これは果たして何か重要な意味をもっているのだろうか。

(なお、[Polychronakos, Nat. Commun., 2024]がこの論文の補完としてcat measurementというものを提案し、あくまでユニタリ発展だけ?で解決しようということをしているが、そこにさらに同日に今回の論文の著者などが論文 [Rio and Renner, Nat. Commun., 2024] を出して反論している)