パウリトワリング (Pauli-twirling) 近似って何?【量子計算】

Dec. 4, 2023, 3:14 p.m. edited Dec. 5, 2023, 2:48 p.m.

#量子情報  #量子力学 

$$ \def\bra#1{\mathinner{\left\langle{#1}\right|}} \def\ket#1{\mathinner{\left|{#1}\right\rangle}} \def\braket#1#2{\mathinner{\left\langle{#1}\middle|#2\right\rangle}} $$

こちらの論文を参考にしているので、そもそもこの論文を読めるならそちらを読むべき。

量子計算はユニタリ演算で表される。これは状態ベクトル \(\ket{\psi}\) を用いると、ユニタリ演算子 \(U\) により

$$\ket{\psi}\to U\ket{\psi}$$

となる。一方、密度演算子 \(\rho\) を用いると

$$\rho\to U\rho U^\dagger$$

と表される。

しかし、実際には環境との相互作用などによりそうなるとは限らない(もちろん全宇宙を一つの系として考えれば、そこはユニタリ演算に閉じる…と思う)。そのような演算を表せるのが量子演算というものである:

$$\mathcal{E}(\rho)=\sum_m E_m\rho E_m^\dagger$$

具体例で考えるとわかりやすいので、量子計算をするうえでよく現れる位相反転エラーを量子演算で表してみる。確率 \(p\) で位相が反転、つまりパウリ \(Z\) が掛かってしまう場合、その演算要素は

$$ \begin{align} E_1&=\sqrt{1-p}I=\sqrt{1-p}\begin{bmatrix} 1 & 0 \\ 0 & 1\end{bmatrix} \\ E_2&=\sqrt{p}Z=\sqrt{p}\begin{bmatrix} 1 & 0 \\ 0 & -1\end{bmatrix} \end{align} $$

となり、ゆえにその量子演算は

$$\mathcal{E}(\rho)=E_1\rho E_1^\dagger+E_2\rho E_2^\dagger=(1-p)\rho+pZ\rho Z$$

と表される。

次に、この論文で挙げられている例であるデコヒーレンスエラーを考える。これは振幅ダンピングと位相ダンピングを合わせたようなものになっており、その演算要素はパラメータ \(\gamma\), \(\lambda\) (これらのパラメータについて詳しくは論文内参照) を用いて

$$ \begin{align} E_1&=\frac{1+\sqrt{1-\gamma-\lambda}}{2}I+\frac{1-\sqrt{1-\gamma-\lambda}}{2}Z \\ E_2&=\frac{\sqrt{\gamma}}{2}X+\frac{i\sqrt{\gamma}}{2}Y \\ E_3&=\frac{\sqrt{\lambda}}{2}I-\frac{\sqrt{\lambda}}{2}Z \end{align} $$

と表される。これは先ほどの位相反転エラーと違い、一つの演算要素が一つのパウリ演算子だけで表せない。これは古典コンピュータ上でシミュレーションするうえで重要であり、なぜなら Gottesman-Knill の定理により、それだけで表される演算は効率的に古典シミュレーションしやすいためである(この定理自体はもう少し広い演算まで効率的にできることを示している)

そこで、量子演算を古典シミュレーションしやすいようにパウリ演算で近似したのが Pauli-twirling 近似 (PTA) である:

$$\tilde{\mathcal{E}}(\rho)=\sum_{a\in\{I,X,Y,Z\}}p_a a\rho a^\dagger$$

すると、上記のデコヒーレンスエラーの量子演算は次のように近似できる:

$$\tilde{\mathcal{E}}(\rho)=(1-p_X-p_Y-p_Z)\rho+p_X X\rho X+p_Y Y\rho Y+p_Z Z\rho Z$$

(ただし、 \(p_X\), \(p_Y\), \(p_Z\) は元々の量子演算のときの係数から決まる。詳細はやはり論文の式 (15)-(18) 参照)